これまでの2回のインタビューを通して、海外で過ごした中高時代に芽生えた、社会課題への意識や、クリエイティブの原点を話してくれた辻愛沙子さん(26)。
第3回では、大学進学の決め手や、大人になったいまだからこそ伝えたい「仕事」についての話を聞いてみた。
大学進学という大きな岐路。慶應SFCを選んだ理由は?
日本の中学を自主退学し、中高時代をスイスとアメリカで過ごした辻さん。海外の大学に進学する選択肢もある中で、帰国し、慶應義塾大学に入学した理由について、尋ねてみた。
「正直なところ、海外の美大に行くべきか、SFC(慶應大学湘南藤沢キャンパス)に行くべきか、すごく悩みました。でも、多動的で興味の幅が広く、欲張りな私は、専門を絞って極める海外の美大よりも、いろんなことに挑戦できて、可能性を狭めないSFCのほうが、自分のポテンシャルを最大化できると考えたんです」
いまでも、ときに美術大学や芸術大学への憧れを抱くという辻さん。しかし、の選択に後悔はない。
「もし時間を巻き戻せたとしても、やっぱりSFCに入学すると思います。幅広く学び、挑戦ができる環境のSFCを選んだからこそ、在学中にキャリアをスタートさせることができました。そのおかげで得られたことがたくさんあります。
一方で、何歳になっても学びの場に戻る可能性はあると思っているので、今後もし、どこかのタイミングで大学や大学院に行けるなら、人文社会学系の勉強をしてみたいし、家具を作るのが夢の一つなので、美大でプロダクトデザインや建築も学んでみたい。自分はきっと、一生学び続けながら、何かをつくっている気がします」
仕事は最高!熱くなりすぎたっていいじゃない
大学在学中に、プロデュースカンパニー・エードットにインターンとして参加すると、その2週間後に入社し、そこから現在に至るまで、社会課題と向き合い、ときに傷つきながら、ビジネスの世界を駆け抜けてきた辻さん。「いまの10代に、仕事ってどんなものだと伝えたいですか?」と聞いてみた。
「仕事って最高ですよ。私は仕事に救われました。10代のころって『何者でもない』という無力感や居場所のなさが、心のどこかにずっとあって。働くことで社会との接点ができて、それが解消されたんです。
あと、10代のころって『熱くなりすぎるとダサい。ちょっと手を抜いて8割ぐらいがカッコいい』みたいな、スカした空気ってありがちじゃないですか。私の場合、学生時代は絵を描く熱量が異常に高かったので、共同作業で『そこまでやらなくても……』と言われ、周囲との距離に悩んだ時もありました。でも仕事の場合、心底熱くなって、打ち込めば打ち込むだけ誰かが幸せになって、自分に返ってきますから」
仕事の魅力を熱く語る辻さん。在学中のインターン時代から全力だったそう。
「いまもそうなのですが、当時はとにかく貪欲だったので、『立てる打席には全部立ちたい。どのプロジェクトにも呼んで!』というスタンスで仕事をしていました。チャットツールで社内のやりとりをすべて覗いては、自分が入っていないプロジェクトでも『私も企画を考えたいので、参加させてください!』といつも前のめりでした」
そして「仕事が最高」であるもうひとつの理由が、人との出会い。
「私の場合、人生の師匠だと思える広告クリエイターの牧野圭太さんに出会えたことが、何にも代えがたいご褒美だと思っています。他のかたちで出会っていても、きっとここまでの関係性は築けなかったと思います。全力で仕事をすることでしか生まれない関係ってあるんです。10代の方には、学生時代につくる関係とはまた違う、素敵な出会いが将来待っているはずだと伝えたいですね」
あの村上春樹だって、小説家デビューしたのは30歳。人生は長距離走である
仕事を通して、10代と接する機会も少なくないという辻さん。その印象について「年齢という数字より、その人が持っていいる視点が大事だと思うので、若いなぁというより、成熟してるなぁとリスペクトを感じることのほうが多い」と語る。
「質の高いアウトプットをしている人も多いし、パンデミックを経験する中で『自分たちはどうやって生きるべきだろう』と考えて、ひとつひとつの意思決定を丁寧にしている人が多いと思うんです。
でも一方で、すごい同年代のことをSNSでたくさん見ることができちゃうから、『何者かにならなければ』と昔よりも不安になりやすいのでは、と心配にもなります」
そんな10代に対して、最後にこんな言葉を残してくれた。
「先を見据えて目標を立てることは、自分を奮い立たせて前に進む上ですごく大事。でも、目標を立てたからといって、計画どおりに実現できるかどうかは、誰にもわからないんです。それはきっとイチローさんであろうと、あいみょんさんであろうと、みんな一緒(笑)。意外と人生は、行き当たりばったりだったりするものなんだと思います。でも、そんな偶然とか予想外の出来事が、自分の可能性を不意に切り開いてくれたりする。だから、どうか焦りすぎず比べすぎず、今日1日を大事にしてほしいと思うんです。
村上春樹さんが小説を書き始めたのは20代後半で、デビューしたのは30歳。人生は長距離走であることを忘れず、自分の本当の声に耳を傾けながら、一歩一歩を積み重ねていってほしいと思います」
3回にわたって、自身のルーツとなる学生時代を振り返り、いまの10代に向けて、愛とパンク精神にあふれるメッセージを残してくれた辻さん。これから走り出す10代も、人生の長距離走のどこかで、辻さんと一緒に走れる日が訪れるかもしれない。
Photo:Aoi
Text:Ayuka Moriya
Edit:Takeshi Koh