Steenz(スティーンズ)
『HIGH(er)magazine』誕生前夜。編集長のharu.が10代を回想
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『HIGH(er)magazine』誕生前夜。編集長のharu.が10代を回想

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あの人に聞く、私の10代」。今回出演してくださったのは、アーティストで起業家のharu.さん(26)

東京藝術大学に通う中、仲間と立ち上げたインディペンデントマガジン『HIGH(er)magazine』は、同世代から熱い支持を集める存在に。多様な人間のアイデンティティと向き合い続け、政治やフェミニズムなど、当時ではタブーと思われたテーマに踏み込みながら、ハイブランドをはじめとする数々の企業とタイアップを実現させた。まさに、新時代を切り開くメディアとして旋風を巻き起こした。

その活動を通して、多くの若者に影響を与えてきたharu.さんに、自身が10代だったときの話を聞いてみた。

haru.(ハル)。1995年生まれ。東京藝術大学の在学中に『HIGH(er)magazine』を創刊。2019年6月、クリエイティブカンパニー「HUG」を設立。

雑誌づくりの原体験は、高校時代に手掛けたZINE

誰かと繋がりたい――。今では、時代を象徴するクリエイターとして確固たる地位を築きながら、自然体な空気感を発しているharu.さんにも、そんな切実な想いを抱く時代があった。

取材はharu.さんが代表を務める株式会社HUGのオフィスにて

「小学生のころから日本とドイツを行き来していたのですが、中学時代は日本で過ごして、東日本大震災の影響で、高校はまたドイツへ。多感な時期に新しい環境に行って、言語も完璧じゃないし、自分でも自分のことがわからなくなってしまいました。『自分って空気みたいだなぁ』と感じながら過ごしていたんです。

ちょうどこのころ、今でもお世話になっている『ELLE girl』のブロガーとして活動を始めました。募集要項には日本在住が条件とあったのですが、応募したら採用してもらえて。今の私にしかできない発信をしようと決めたら、厳しい日常もだんだんと面白く思えてきました

人気メディアのブロガーという肩書きを得て活動し、日本にいる同世代のファッション好きからは一目置かれる存在に。しかし、暮らしていたのは遠いドイツの地。曇った日々からharu.さんを本当に救ったのは、肩書きなどいらない体験だった。

「高校卒業直前のタイミングだったんですけど、クラスメイトに配るZINEをつくったんです。まず、クラスメイトひとりひとりにオリジナルのTシャツをつくって、それを着てもらって。その人に似合う場所やシチュエーションで撮影して、全員分をまとめて1冊に。

そのZINEをみんなに配ったら、すごく喜んでもらえたんです。そのとき初めて、自分の存在価値を感じて、『自分はここにいた』って確認できた。高校生活の最後の最後でしたが、行動を起こせて、人生に光が見えたような気がしたんです」

この体験を通して、haru.さんは「雑誌づくり」の道に進むことを決意した。

「すぐに卒業して日本に帰るんですけど、その後もクラスメイトから、『ZINEを見返してたら思い出して』と連絡をもらえたりも。直接の会話やメールとはまた異なる、モノとして形を残すコミュニケーションの魅力も知ることができた、重要な原体験ですね」

10代のときに出会った、運命を変える一冊

haru.さんがZINEをつくるという発想に至ったのには、10代のころから憧れていたある人物の影響が大きくあるという。

『HIGH(er)magazine』のバックナンバー

編集者の林央子はやしなかこさんという方に、ずっと憧れていました。高校生のとき、林さんの著書拡張するファッションを読んでから、編集という仕事に興味を持ったんです。

『誰に話を聞くか』という取材対象の選び方、向き合うと決めたら時間をかけて横で見守り続ける真摯な姿勢、偏見を超えるような意外な繋がりをつくって、新たな景色を見せるコラボレーション。そんな、林さんが取り組んでいる仕事を、自分もしてみたいと感じていました」

10代で出会った林さんの著書から学んだことは『HIGH(er)magazine』のコンセプトや制作スタンス、そして26歳となった現在のharu.さんの生き方にも、大きな影響を与えている。

直接でも、間接的にでも、10代のときに誰と出会えるかというのはとても大事。わたしとっては、本を通して林さんに出会えたことが非常に大きくて、人生を変えてもらえました。さまざまな形で発信ができる立場になった今では、『自分も誰かにとってのそういう人になりたい』と思うんです。

もちろん、わたしと関係がなくてもいいので、10代の方には、リアルでも本でもSNSでも、良い先輩を見つけてほしいです

「親に褒められない」からこそ得られた自己肯定感

haru.さんの価値観形成には、ご両親の存在も重要だったという。

「わたしの両親は、子どもをあまり褒めない人でした。でも、全然放っておかれているとか、寂しいと感じたことはありません。何も言わず見守ってくれていたので。

いま思うと、褒めてしまうと『それが正しい』というメッセージを暗に押し付けることになるので、自分で考えて価値観を築いていくように育ててくれたのかな」

いつもありのままで、正直でいるharu.さんの原点が、ここにあった。

「この教育方針のおかげで、『何かを成し遂げても、そうでなくても、家族として認められている』という意識が、わたしの根底に常にあったと感じます。

時代とともに世の中の価値観も変わってくるので、それよりも自分が何に興味を持って、どう向き合いたいのかを考える。これは『HIGH(er)magazine』でも表現してきたことですが、今の時代を生きる10代の方々にも伝えたいと思っています」

内側から湧き出るような、ナチュラルなカリスマ性を持ち、多くの若者に寄り添う発信ができるharu.さん。そのルーツを読み取れる10代のエピソードでした。

続く第2回「『二十歳』は重要な節目じゃない!起業家haru.が告白する、青春時代の隠された苦悩」では、中学時代のharu.さんの葛藤や、「二十歳」という節目についての考え方をご紹介します。

Photo:Aoi
Text:Takeshi Koh

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