
「I will try to send one new song every day.」
ある時、毎朝お互いに好きな音楽と写真を送り合っていた人がいた。彼の住むニューヨークとわたしの住む東京の時差は14時間。わたしの朝は彼の夜で、彼の朝はわたしの夜。越えられない時差の壁に負けずにテキストしていた日々が懐かしい。
彼と出会ったのは渋谷のうどん屋さん。共通の友達が東京にいて、彼が仕事でニューヨークから日本に撮影しにきていた時にみんなでうどんを食べに行った。そのあと、彼から声をかけられた。
でも、彼が日本にいる間に恋は始まっていなかった。少なくとも、わたしの中で。彼との距離が縮まったのは彼が帰国する数時間前。
その日は、彼とわたしの友だちと渋谷のトランクホテルでやっていたイベントに行っていたのだけど、なんだか彼と話しているのが心地が良かった。英語がうまく話せないわたしと頑張って会話をしてくれていた彼。みんなでお酒を飲んで、音に身を委ねているうちに、少しずつわたしたちの距離も近くなっていった。でもその時わたしは、恋というよりも、一夜をともにしただけのワンナイト、だと思っていた。
それなのに 「Missing Japan already.(もう日本が恋しいよ)」 「Miss you too.(君のことも恋しい)」なんて、彼からのテキストメッセージにころっと落ちてしまったのである。なんとなく付き合えないと分かっていたけど、彼のことを好きになってしまった。
彼が帰国したあとも、わたしがストーリーをあげたら「Cutie!」「Beautiful!」や「Baby!!」などとリプライがくるのだから、無駄にストーリーをあげてしまう。挙句の果てには、「I can’t stop thinking about you.」なんて言われてしまっては、もうわたしはメロメロなのです。彼がどのくらい本気だったのかはわからないけれど、幸せな気持ちにしてくれていたのだから結果オーライだ。
朝は嫌いだったのに、彼から送られてきた音楽と写真を見るのが待ちきれずに早起きになった。
早く起きたら彼と話せる時間が長くなる!とか思っていた。かわいらしく恋をしているな、と自分に感心して、そんな自分がちょびっと好きだった。彼とたくさん話せた日は彼から送られてきた音楽を聴きながら六本木一丁目をるんるんで出社していたし、仕事も頑張れた。ニューヨーカーに恋をする自分に酔っていたし、ロマンチックな気がしていた。いや、あれは今考えてもロマンチックだ。
触れられない関係の刹那
こんな恋愛もありなんだと思った。でも、ロマンチックは長くは続かないことも知った。ロマンチックなだけな恋愛は、もっともっとと求めたくなる。恋も食事も腹8分目、少し物足りないくらいがちょうどいい。今だったらわかるんだけどね。
満たされていた20歳のわたしは自分にとっての完璧をさらに相手に求めてた。距離なんて構わず会いにきてほしいと思っていた。日本時間を調べて起きて待っていてくれたらいいのに、とかね。とにかくわたしの寂しさからくる、わたしの要求を満たして欲しかった。そのたびに困っている彼の優しい表情に安心していたわたしもいた。だけど、お互いの国での生活と仕事がある中で、わたしの願いが叶うことはなかった。
どんなに好きでも、やっぱり会えない、触れられない、そんな恋心は長くは持たない。
もともと長い間一緒に生活していたわけでもないし、メッセージのタイミングも合わなくなって、彼からのメッセージも減った。わたしが最後に送ったメッセージ「あなたが会いに来てよ。」このメッセージに返事がくることはなかった。
自分で自分を満たすこと
求めすぎも満たされすぎもよくないと彼が教えてくれた。
何かを求めすぎる時、決まってそれは相手を困らせたり、苦しめたりする。そして、同時に自分も苦しい。
わたしは、自分のコンプレックスや自信の無いところを彼で埋めようとしていたのだと思う。自信の無さから生まれる心の穴を寂しさにつなげて、それを相手に埋めてもらうことで満たされていると感じていた。
もちろん完璧な人なんていないし、人と人は支え合って生きていくものだとも思うけど、その心の穴を彼で埋めようとするのは違う。きっと足りない所、満たされない所があることで、恋も愛も育っていくのだろうと、今は思う。
自分の自信の無いところを否定しないで、抱きしめてあげることができたなら、人に対して求めすぎることなんてなくて、大切な人を困らせることもないのかなと思う。
難しいことだけど、どんな自分でも好きでいてあげることが理想だよね。周りより劣っていることがあるかも知れないし、そんな自分を好きでいられない時があるかも知れない。だけど、大好きな人を大切にしないと、と思う前に、わたしたちはわたしたち自身を大切にする必要があるのだと思う。彼に言葉で言われたわけではないけれど、彼との関係でわたしは、自分を好きでいることの大切さを教えてもらった。
わたしの恋愛に対する気持ちが大きく変わったあの3ヶ月。はるか遠いニューヨークから、そんなことを教えてくれた彼に感謝している。