Fashion&Culture

KANEIが生まれるまでと裏側のリアル

KANEIが生まれるまでと裏側のリアル

こんにちは、KANEI(カネイ)というファッションブランドのデザイナーをしている山岡寛泳です。このコラムでは、わたしがこれまでどのように歩んできたのか、そしてなぜKANEIというブランドを立ち上げたのかについて、少しずつ綴っていきたいと思います。今回は、初回ということで、わたしとKANEIの紹介をさせてください。

スーツを着た幼稚園児

幼い頃から、わたしは少し変わった子どもでした。保育園から帰るとスーツに着替え、リサイクルショップで古いネクタイやヴィンテージの服を収集し、大仏の絵を黙々と描いているような、そんな幼少期。周りの子たちが夢中になっていたアニメやゲームにはあまり興味が持てず、自分の「好き」はいつも少しズレていたように思います。
そんな自分を隠すことなく過ごしていたら、少しずつ学校という場所が合わなくなっていきました。中学生になる頃には、教室に行くことができなくなってしまったのです。

世界を知り、自分を知った

転機が訪れたのは、14歳のとき。東京大学が主催する「異才発掘プロジェクト ROCKET」に応募し、選抜メンバーとして参加することが決まりました。そこでは、各分野で活躍する専門家たちから哲学や表現を学び、インドの農村部やスラム街を訪れる海外研修にも参加。世界の多様な価値観と出会うことで、「自分はどう生きたいのか?」を本気で考える時間が生まれました。

そのプロジェクトで過ごした数年間は、自分のユニークさを否定せず、むしろ武器として捉え直すきっかけになりました。それらの“考える時間と体験”を通じて自分はこの人生で「ものをつくること」で、自分の気持ちや世界の美しさを誰かに伝えていく人生にしようと腹を括りました。

高校の終わり頃、自分の手でものをつくり、誰かに届けることを始めたいと思い、鯉のぼりの制作をスタート。自分のブランド「泳泳」を立ち上げました。材料は手芸店と染色道具店でそろえ、最初は手染めで一つひとつ制作していました。

その後、鯉のぼりをもっと本格的につくりたいと思い、京都の伝統的な手捺染工場へ直談判。職人さんたちに頭を下げて、染めの技術を教えていただきながら、制作を依頼するようになりました。その工場では、名だたるコレクションブランドの仕事も手がけており、わたしはそこで初めて、ファッションという表現の世界に触れることになりました。

「服のデザインが、こんなにも人の心を動かすものなのか」と気づいたのは、そのときが初めてでした。

その経験をきっかけに、「自分もファッションを通じて表現してみたい」と思うようになり、文化服装学院へ進学。鯉のぼりの制作を続けながら、服づくりの構造や技術を一から学びました。

在学中には、東京・KITTEでの展示や、グッドデザイン・ニューホープ賞の受賞、さらにはポール・スミスさんへ自作の鯉のぼりを贈る機会にも恵まれました。それは、伝統とデザインが自分の中でしっかりとつながった瞬間でもありました。

卒業後、2023年に制作した作品がNext Fashion Designers of Tokyoで受賞したことをきっかけに、自身のブランド「KANEI」を本格的に立ち上げる決意をしました。それまでの活動で培ってきた色彩感覚や、全国の職人さんたちとのネットワークを活かしながら、ひとつひとつの服を丁寧に形にしています。

服が導く旅

KANEIは、「旅人のコンパスとなる服」というコンセプトを掲げたブランドです。
人生を旅するすべての人が、自分らしさを見失わずにいられるように。服がその“指針”となれるように、という想いを込めています。
ファーストコレクションでは「過去への旅」をテーマに、1970年代のアメリカンヴィンテージワークウェアをベースにデザインを構築。旅先で出会った自然の色彩や花々の造形をグラフィックに落とし込んでいます。また、浮世絵をサンプリングしたモヘアのニットや、刺し子織の生地を使ったアイテムなど、日本の伝統文化からのインスピレーションも大切にしています。

“伝わる”までが、ものづくり。

完成した服をプロの撮影チームとともにルック撮影を行い、KANEIの世界観を写真として表現しました。カメラマンさんやモデルさんは、雑誌やSNSを読みあさって、この世界観を表現してくれそう! と感じた方に直接DMをさせていただきました。

そして、展示会では、業界関係者の方々に直接製品を手に取っていただき、素材のこと、背景のことを一つひとつ説明して回りました。ありがたいことに、多くの反響をいただき、現在は製品のお届けに向けて準備を進めています。

ここまで振り返ってみると、わたしはずっと「自分らしさ」を探しながら、ものをつくり続けてきたのかもしれません。その旅の途中で出会ったたくさんの人たちと経験が、今のわたしをつくってくれました。これからも、旅人のための服をつくり続けていけたらと思っています。

次回は、ブランド名「KANEI」に込めた想いや、今後の展開について、少し詳しくお話しできたらと思います。
どうぞ、お楽しみに。

デザイナー山岡寛泳プロフィール

2002年、岐阜県生まれ。幼少期から創作活動に没頭し、16歳でアートピースの鯉のぼりブランドを立ち上げる。京都の染色職人とともにものづくりを行った経験から、生地や染めに興味を持ったことからファッションの道を志す。文化服装学院に進学し、在学中はコレクションブランドでのインターンを経験。その間に、手掛けた鯉のぼりのアートピースがGOOD DESIGN NEW HOPE AWARDを受賞し、KITTE丸の内での大規模展示やPaul Smith氏への贈呈を果たす。2024年に文化服装学院を卒業すると同時に、東京都主催のNext Fashion Designer of Tokyo 特別選抜賞を受賞。2025年秋冬シーズンより、自身のブランド「KANEI」をスタートさせる。

 

Edit:Keisuke Watanabe

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Kanei Yamaoka

デザイナー

2002年、岐阜県生まれ。 幼少期から創作活動に没頭し、16歳でアートピースの鯉のぼりブランドを立ち上げる。京都の染色職人とともにものづくりを行った経験から、生地や染めに興味を持ったことからファッションの道を志す。 文化服装学院に進学し、在学中はコレクションブランドでのインターンを経験。その間に、手掛けた鯉のぼりのアートピースがGOOD DESIGN NEW HOPE AWARDを受賞し、KITTE丸の内での大規模展示やPaul Smith氏への贈呈を果たす。 2024年に文化服装学院を卒業すると同時に、東京都主催のNext Fashion Designer of Tokyo 特別選抜賞を受賞。2025年秋冬シーズンより、自身のブランド「KANEI」をスタートさせる。

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