ファッション、お笑い、映画など、いま、10代に見てほしいカルチャーを届けてきたSteenz。今回は、人気コミックスを映画化した『夏目アラタの結婚』(2024年9月6日全国ロードショー)の公開を記念して、堤 幸彦監督への座談会インタビューを敢行! これまでドラマ『池袋ウエストゲートパーク』や映画『20世紀少年』をはじめ、数々のヒット作を世に生み出してきた堤さんに話を伺うのは、Steenz「気になる10代名鑑」に出演した、映画業界を志望する3人。業界の大先輩・堤さんに、映画の見どころや制作秘話などについて伺いました。
ミステリー、恋愛。あの堤監督が編集に悩んだ『夏目アラタの結婚』ができるまで
座談会前に、試写に参加した3人。監督を前に話すのは恐れ多い……と緊張しながらも、作品を鑑賞したリアルな感想を監督にぶつけます!
左から映画監督・堤 幸彦さん、Steenzコミュニティメンバー・内田茉侑さん、林 隼太朗さん、村田夕奈さん
内田:2時間があっという間で、とても楽しかったです。連続殺人事件の死刑囚・品川真珠(黒島結菜)のセリフや行動の節々に彼女の過去が隠されていて、事件の真相が明らかになっていく後半部分はとてもスッキリしましたし、すべて納得してしまいました。ことの顛末を知った上で、もう一度観てみたいです。
林:会話のテンポが気持ちよかったよね。常に緊張感とワクワクが耐えないシーンの連続でした。
村田:わたしは主人公・夏目アラタ(柳楽優弥)も、真珠も展開が進むにつれて、どんどん信じられなくなってきて……。いまも、この作品の誰を信じればよかったのかわからない感じ。わたしたちが、まるでアラタと真珠にしかわからない、二人の世界を”見世物”のように見てしまっている感覚になりました。
堤:あらためて作品を見ると、アラタも真珠もヤバい奴らですよね(笑)。そして、それぞれが策士で、本音を言わない美学を持っています。作品の中で二人は「結婚」という決断をしますが、そんな二人がわかりあえることは、もしかすると、もっと先のことなのかもしれません。
映画『夏目アラタの結婚』は、恋愛、ミステリー、ヒューマンドラマとさまざまな要素を詰め込んでいますが、正直、とても悩みながらつくりました。普段、僕は作品を撮っている段階で完成がほとんど見えているタイプなんです。今回も、もちろん、撮るときは「こう編集しよう」という明確なイメージがあったはずなんですけど、いざ編集作業をする段階になると、つくってもつくっても、壊しても壊しても、出てこないものがありました。これまで50本近くの作品を撮ってきていますが、こんなことは初めてでした。映画は何歳になっても結論が出ないし、難しいと思わされた作品です。
林:僕は、俳優さんたちの演技にすごく惹きつけられました。アラタや真珠をはじめ、それぞれがユニークで、複雑さを持ったキャラクターだったと思うんですけど、きっと監督と丁寧につくりあげられたんだろうなと感じました。
村田:わたしも終始、彼らの目に吸い込まれました。
林:わかる。真珠の顔が脳裏にこびりついて、今日は眠れそうにありません……。
堤:『夏目アラタの結婚』は、原作が国内外から絶賛されているベストセラーコミックスなので、すでに多くのファンがいるわけです。そういったファンを裏切ってはいけないと思って、原作に忠実につくることにこだわりました。俳優さんたちのおかげもあって、今回もなかなか近いキャラクターたちが、生まれたと思います。
内田:キャラクターでいうと、わたしは佐藤二朗さん演じる、死刑囚アイテムコレクターが印象的でした。
堤:これに限っては原作とは少しだけイメージが違うんですよね。ただ、この「死刑囚アイテムコレクター」という奇妙な役は、コミカルさと気持ち悪さが詰まったキャラクターで、ピッタリでしたよね。佐藤さんはなによりコミカルなイメージがあると思いますけど、実は目が怖いですからね(笑)。
内田:その死刑囚アイテムコレクターの視点も面白かったです。コレクターが注目していた、裁判のシーンで登場する真珠の服装は何か意味があるんでしょうか。毎回違っていたので、どんな意味が込められているのかを考えながら見ていました。
堤:もちろん、真珠の”法廷ファッション”にもひとつひとつ、意味があります。真珠は「品川ピエロ」という異名をもつ、連続殺人事件の死刑囚。被告人という裁かれる身でありながらいかに自由でいられるか。法律という大人に対して、対等でありたいという強いメッセージを、ファッションで表現しているんです。それぞれのファッションについては、原作どおりといえばそうなんですが。
キャラクターに限らず、やはり原作のストーリーの面白さをいかに映画の限られた時間で表現できるか、そして、映画ならではの面白さをどうつくっていけるかというところに、映画をつくる難しさと醍醐味があると思っています。
「境界」をどうつくるか。東京拘置所全面協力でつくりあげた「面会シーン」は必見
劇中には面会や裁判、拘置所といったシーンが多々登場します。本作に限らず、これまで数々のサスペンス作品をつくってきた堤さんに、普段の生活では味わえない、非日常かつ臨場感あるシーンのつくり方を聞いてみました。
内田:全体を通して面会室のシーンが多かったと思うのですが、光を使った演出やカメラワークによって、まったく飽きることなく、毎回新鮮に真珠を恐ろしく思うことができたことに驚きました。
堤:今回は東京拘置所に全面に取材させていただき、面会室、独房のあり方、死刑囚の人々の暮らしを聞いて、セットをつくりました。面会室はガラスで仕切られているとはいえ、ガラスのあっち側とこっち側で、明らかに違う世界があって。本来であればいちばん遠い距離にいる人たちが、ミリ単位の距離にいるという、切なさと恐怖に満ちた空間だと思っています。
村田:わたしも面会室のガラスのシーンが印象的です。ガラス越しに体温が伝わってくるような、身体性を感じました。
堤:まさに面会室での体温や息遣いは、見せたかったところ。特に、今回は心理戦を強調させるために「反射」を効果的に使いました。ガラスに何が映っているかによって、二人の関係性を曖昧にさせることができましたし、精神的な分け隔てを増幅させることができたと思います。
林:僕も普段、映画をつくっているので、あのシーンの緻密なカメラワークとカットの数々は釘付けになりました。
堤:あと、こだわりでいうと、真珠の「歯」を見せたかったんですよね。どうしても口元って暗くなっちゃうんですよ。でも、最近はLEDテープライトというものがあって。これを面会室のシーンで使うことで、見せたかった真珠の歯を見せることができました。撮影にもテクノロジーの進化を感じますね。
また、その面会シーンは何度もあるのですが、最後の面会では、二人を隔てるガラスのつくりが若干、変わるんですよ。これは二人の関係性や心情の変化を表現しています。こうした細かい演出にも知恵が詰まった映画に仕上がっているので、細部までぜひ注目して見てほしいですね。
エンディングの歌詞は日本語訳を書き下ろし。音の細部までこだわった作品を、ぜひ劇場で
最後に、堤さんにあらためて、映画『夏目アラタの結婚』をどんな人たちに見てもらいたいか、見どころ、メッセージを聞いてみました。
堤:まずは、原作ファンの方に観ていただきたいですね。現在は完結していますが、制作当時は連載中だった作品なので、原作にはない展開もあります。それも、”二人目の夏目アラタ”として楽しんでいただける仕上がりになっていると思います。もちろん原作を読んだことのない方も日常生活では味わえない風景が見られるので、ぜひ劇場に足を運んでもらって映画に没入していただきたいです。
今回は、特に音や音楽にこだわって立体的につくっているので、そこも楽しんでいただけたらと思います。また、主題歌『ヴァンパイア』(オリヴィア・ロドリゴ)の歌詞を、原作者の乃木坂太郎さんに訳していただきました。エンドロールで流れるそのオリジナル訳にも注目してください。ただ、現場からは、そっちに目が行ってしまい、スタッフの名前を見てもらえないという声もいただいていますが(笑)。ぜひ一度だけではなく、二度、三度と劇場で見ていただきたいです。
堤 幸彦さんプロフィール
1955年11月3日生まれ、愛知県出身。1995年放送のドラマ「金田一少年の事件簿」で注目を集め、「ケイゾク」「池袋ウエストゲートパーク」や「TRICK」シリーズ、「SPEC」シリーズ、映画「20世紀少年」三部作といった話題作の演出を手がけてきた。映画「明日の記憶」「イニシエーション・ラブ」「天空の蜂」「真田十勇士」「人魚の眠る家」「十二人の死にたい子どもたち」「望み」「ファーストラヴ」「ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”」「truth~姦しき弔いの果て~」、ドラマ「死神さん」「Get Ready!」などの監督・演出作がある。
映画『夏目アラタの結婚』
このプロポーズが、日本中を巻き込む大事件にーー。国内外から高く評価されているベストセラーコミックスが映画化!初めてプロポーズした相手は連続殺人事件の死刑囚だった…死刑囚に結婚を申し込む元ヤンキーに柳楽優弥×日本で最も有名な死刑囚に黒島結菜、『SPEC』シリーズ、『十二人の死にたい子どもたち』の堤幸彦が送る未体験の獄中サスペンス。
2024年9月6日(金)より全国ロードショー。
https://wwws.warnerbros.co.jp/natsume-arata/
出演:柳楽優弥、黒島結菜、中川大志ほか。
監督:堤幸彦
原作:乃木坂太郎「夏目アラタの結婚」(小学館ビッグコミックスペリオール刊)
公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/natsume-arata/
配給:ワーナー・ブラザース映画
今回話を聞いた3人
村田夕奈さん
林 隼太朗さん
内田茉侑さん
今回、話を聞いた3人は映画業界志望ということで、本インタビュー後にも、業界の大先輩である堤さんに、各々の創作活動の苦悩についても質問を聞いていただきました。そのインタビューの模様も、お届けします。※記事内の年齢は取材時のものです。
Photo:Kaori Someya
Text:Ayuka Moriya