「10代のうちにたくさん映画を見て、インプットしておいたほうがいいよ」なんてよく言われるけど、過去作から新作まで、たくさんある作品の中から、どれを選べばいいかわからない……という10代に向けてスタートしたこのシリーズ。
21.2万人のTwitterフォロワーを持ち、「人生を豊かにする映画」を発信している映画アクティビストのDIZさんに、配信で見られる作品について、ひとかじり語ってもらいます。
3月29日(金)より、いよいよ日本でも公開となる、クリストファー・ノーラン監督の最新作『オッペンハイマー』。その待望の日本公開を記念して、今回はこれまでのノーラン作品を、「人間ドラマ」という観点でおさらいしていきます。あわせて、今作の見どころについても、DIZさんに語ってもらいました。
難解作品では終わらない!ノーラン作品は“人間ドラマ”にも注目したい
映画アクティビストのDIZです。 クリストファー・ノーラン監督の最新作『オッペンハイマー』が、第96回アカデミー賞(2024)で作品賞を含む7冠を獲得し、圧倒的な存在感で、この作品への期待が高まっている人も多いでしょう。
祝・初オスカー監督賞受賞! ということで今回は、華麗なる伏線回収&超難解というイメージがあるノーラン映画の魅力を、誰もが共感できる人間ドラマの部分にフォーカスして、ご紹介します。
TENET テネット
公開当時、時間が逆行するという前代未聞の映像表現と複雑な物語で、多くの人を混乱・魅了させた『TENET テネット』。その難解さが特に話題となりましたが、わたしは人生に悩む人にこそ観てほしい「哲学映画」だと思っています。
主人公は「第三次世界大戦を阻止せよ」と謎の組織に命令され、訳もわからず任務に身を投じていきます。時間を逆行する装置であらゆる伏線を回収していく中で、ふとあることに気づきます。
難解タイムサスペンスとしても最高に面白い映画ですが、哲学視点で観てみるのはいかがでしょうか。不安や心配といったネガティブな感情は、未来が見えないがゆえに生まれるもの。『TENET テネット』は、未来の自分を信頼していくことで、主人公が成長していく物語なのです。
「果たして自分の選択は正しいのだろうか」……漠然とした不安を抱えているとき、未来が見えなくても、すべての時間軸の自分も正しかったということを、壮大な世界観で教えてくれる。どんな選択をした自分も肯定できる気がしてきます。
ちなみに『オッペンハイマー』は、『TENET テネット』を撮り終えたときに生まれた問いから始まったプロジェクトだそう。『オッペンハイマー』の予習として、チェックしておくのがオススメです。
インターステラー
舞台は、人類が住めなくなるタイムリミットが近づく地球。居住可能な惑星を見つけるべく、生きて帰れる保証のないミッションに挑む主人公と、帰りを信じて待ち続ける娘の物語です。
宇宙時間と地球時間は大幅に差があるため、ある惑星での主人公の1時間は、娘の時間軸に換算すると7年も進んでしまうのです。そんな恐ろしい時間ルールに打ちのめされながら、果たして主人公は、娘が生きている間に無事に帰還できるのか……。
みなさんは「アインシュタインが娘に宛てた手紙」という話はご存じでしょうか? この作品はまさにその手紙のように、壮大で難解な宇宙旅行の先に見つける“愛”の力を描く映画です。
科学を突き詰めた先に待っている真実とは、いったい何なのか……? それは決して目には見えないけれど、確実に存在しているもの。誰もが一度は感じたことのあるものでした。
一見すると非常に難解な科学や物理学が設定に組み込まれているので、ついていけないかも……と思ってしまいがちですが、本質では誰もが理解できる、共感できるテーマを描いていることがわかる傑作です。個人的にも、本作が最も好きなノーラン映画です!
インセプション
生まれて初めて、鑑賞後にすぐチケットを買って2回目の鑑賞をしたほど衝撃を受けた、夢をテーマにした作品。
いまだに多くのことが解明されていない夢についての映画というだけでも、ワクワクが止まらないですが、夢以外にも、現代社会を生きるわたしたちの心を蝕み、捕らえて離さない観念について描かれていると考えています。
生きているうちに他人に言われた言葉や、他人の考えが無意識に“インセプション”されて、自分という人格が形成されている。そういう意味において、人間とは、他人に植え付けられたものを自分だと思って生きているもの。そう考えることができるのではないでしょうか。
エンドロールでかかる曲は、劇中では夢から目覚めるための合図として使用されている曲と同じ。それは、社会に植え付けられたあなたを苦しめる、さまざまな観念から目覚めてほしいというノーラン監督からのメッセージなのかもしれません。
情報がとめどなく流れてくる世界に生きているわたしたちは、真実ではないものまで“インセプション”され、自信を失い、ありのままの自分を愛せなくなることがあります。自己肯定感を下げてしまうような思考や感情は、果たして真実なの? そう心に向き合ってみると、新たな世界が見えてくるかもしれません。
オッペンハイマー
なかなか日本公開が決まらず、映画好きの間では、海外まで観に行く人まで現れた注目の映画が、いよいよ3月29日(金)に公開されます。原爆の父と呼ばれ、第2次世界大戦中にマンハッタン計画を指揮し、世界で初めて原子爆弾の開発に成功したアメリカの物理学者、ロバート・オッペンハイマーの生き様に迫る物語です。
世界で唯一の被爆国で生きてきた日本人として、どう受け止めたらよいのだろう……。そんな複雑な気持ちを抱えながら、試写会へ行きました。きっと多くの人が、わたしと同じように、不安を感じていると思います。
しかし、ノーラン監督はNHKのインタビューで、「この映画を体験することで、核兵器の脅威について、若者たちに関心をもってもらえると信じている」と語っていました。核兵器をこの世界からなくすためには、まず生まれた理由を知らなければならないとも言えます。
いまも戦争が起こり、核兵器の脅威にさらされている人類。ノーラン監督の映画は、映画を超えて現実を生きる中でも問いを深く残します。恐ろしい映画体験ではありましたが、少しでも興味がある人は、ぜひ映画館で観てみてください。核兵器が存在する世界を生きるわたしたちのこれからを、考えずにはいられなくなるはずです。
リバイバル上映も要チェック!
『オッペンハイマー』公開を記念して、リバイバル上映も盛りだくさんです。
映画シーンにクリストファー・ノーランの名前を知らしめた名作『メメント』が、4月19日(金)より全国66館にて、1週間限定で上映されます。物語の結末から始まりへと時間を逆行させた異色の構成が評判を呼び、ロングランヒットを記録。10分間しか記憶が保てない男の復讐を描くサスペンス・ミステリーです。24年前の作品を映画館で観られる貴重なチャンス、ぜひ見逃さないでほしい!
あわせて、デビュー作である映画『フォロウィング』も、4月5日(金)よりリバイバル上映が決定。こちらも26年前の作品で、映画館で観れるのはかなりレアですよ。
難解映画というイメージが先行しているノーラン作品ですが、難解というベールに包まれた、心を揺さぶるド直球な人間ドラマは、映画好きにはたまりません。最新作とあわせて、過去作の配信はもちろん、リバイバル上映でもノーラン祭りを楽しんでくれたら嬉しいです。
DIZのプロフィール
映画アクティビスト。ひとりでも多くの人に映画の素晴らしさを伝えるために、フリーランスで活動している。体験型の映画イベントを主催したり、配信サービスのSNS企画・編集やコピーライティング、さまざまな作品の評論を寄稿したりと、枠にとらわれずに活動している。
Twitter:@DIZfilms Instagram:@diz2049
Text:DIZ