第1回「フィルム×SNSで数万RT連発。『高校生写真家・葵』デビューの舞台裏」では、10代で写真家の道を切り拓いた葵さんのターニングポイントをうかがった。
続く第2回では、中高時代の学校生活を振り返っていただくことに。すると、人気写真家の顔とはまた異なる、葵さんの意外な一面が見えてきた。
持ち物は青だらけ。食わず嫌いの偏食。学校は月2で休む。
16歳にして注目を集め、写真家としてのキャリアを順調に重ねている葵さん。その感性は、中学時代の生活にも表れていたよう。
「いまでも写真は『青』にこだわっているのですが、昔から青っていう色がずっと好きで。中学時代の持ち物は、財布、筆箱、ポーチなどすべて青でそろえていました。友達も誕生日プレゼントで青いSUICAケースをくれたりして、『わかってる〜』って。
キャラとしては『勉強はできるけど、ヨワヨワ』っていう感じだったと思います。よく貧血で体育を休んでいたんです。中学を卒業するまで、肉を食わず嫌いして生きてきて、マックでもハンバーガーのパテを抜いてもらったりしていたので、そのせいかも。いつもフラフラしていて、喋り方もへにゃへにゃしてるのに、なぜか勉強の成績はよくて。友達から不思議がられていました(笑)」
さらに、こんな独自のルールを設けていたそう。
「土日以外に、月に2日、勝手にお休みの日をつくっていました。友達は大好きで楽しかったのですが、『中学が自分の世界のすべてではない』とも思っていて。休んだ日は、本を読んだり考えごとをしたり、自分と向き合う時間として使っていました」
進学校ながら、「大学受験はしない」と決断した理由
中学を卒業してからは、埼玉県の進学校へ。学校生活をフィルムカメラで撮影した写真が飛躍のきっかけとなった葵さんは、当時を「戻りたいほど楽しかった」と懐かしむが、スタンスは変わらなかった。
「高校に行ってからも、中学時代と同じように、定期的に学校を休んでいました。1年生の冬からは写真も撮り始めていたので、単身、夜行バスで地方に行って、気になる場所を撮影したり。そこで、学校では学べない多くのことを感じることができました」
自分の意志を貫き行動に移し、視野を広げていく葵さんは、学校の中でどのような存在だったのだろうか。
「最初は『変なことをしてる子』っていう目で見ていた人も少なくなかったんじゃないかな。一方でわたしは、学校という狭い世界の常識に縛られるのは嫌だという気持ちがどんどん強くなっていっていました。
高3の段階で『まだ大学で学びたいことがないから、受験はしない』と決めたのですが、さすがにそれには、仲のいい友達も引いていましたね(笑)。でも、卒業するころには、『自分で考えて、違う世界に飛び出して、すごいね』と言ってくれる人も増えて。やっぱりちょっと嬉しかったです」
世界を広げるコツは、複数のコミュニティに所属すること
自身の10代を振り返り終えた葵さんは、写真家の視点でなく、これから長い人生を歩む二十歳の視点で、こう総括した。
「いま、わたしが自分で納得のいく生き方をできているのは、10代のときに、どこかに偏らず、いろいろなコミュニティに出入りしていたことが良かったのかなと感じます。
学校のコミュニティをちゃんと楽しんでいたからいい写真が撮れたし、仕事で出会えたコミュニティにも参加していたから、人生の選択肢が増えていった。どちらも大事だったと思います。
あと、SNSで繋がったフィルムカメラを使っている女子高生10人くらいで定期的に集まって、撮影に行ったりもしてて、そのコミュニティもめっちゃ楽しかったです!
いま10代の方も、学校だけでなく、なるべく複数のコミュニティに所属すると、世界が広がっていいかもしれません」
最後に、葵さんの今後についても聞いてみると。
「実は4月からムサビ(武蔵野美術大学)に通うことになりました。写真ではなく、表現全般やビジネスを勉強する学科なので、また新しい一歩という感じ。写真はもちろん続けるけど、それだけにこだわらず、これからも自分の世界と選択肢を広げていきたいと思います」
写真家としての道を猛スピードで駆け上がる一方で、決して焦ることなく、自分で考え、自分のペースで人生を進め続けている葵さん。20代の活動からも、目が離せない。
Photo:Haruka Yoshiba
Text:Takeshi Koh