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ことばに恋をした私のパリ留学。Mirei in Paris #01【Steenz Abroad】

ことばに恋をした私のパリ留学。Mirei in Paris #01【Steenz Abroad】

エッフェル塔もクロワッサンもない、パリの言語留学生活

「パリ」と聞くと、どんな情景を思い浮かべますか? エッフェル塔や凱旋門、カフェのテラスでコーヒーを飲むパリジェンヌ……。そんな絵葉書のようなパリを想像する人が多いかもしれません。

留学して2ヶ月。わたしはパリ東部・13区にある言語大学、国立東洋言語文化学院(INALCO)で学んでいます。エッフェル塔が見える部屋に住んでいるわけでも、朝にクロワッサンを食べているわけでもありません。毎日、世界中から集まった“言語ヲタク”たちに囲まれ、言語の沼にどっぷり浸かる日々を送っています。

INALCOは、ヨーロッパ最大規模の言語大学。アラビア語、ウズベク語、バスク語、タヒチ語など、なんと100以上の言語を学ぶことができます。友達はINALCOのことを「言語バイキング」大学と呼んでいて、それくらい言語が自由に思う存分学べる環境なんです。

わたしがここまで言語にハマることになったきっかけを少しお話ししようと思います。

すべての始まりは、“初恋言語”ウォロフ語との出会い

みなさんの「初恋」はいつですか?わたしの初恋は—高校1年生の冬、フランス留学中。相手は人ではなく、言語でした。
冷たい風の中、重いスーツケースを引きずって駅を歩いていたときのこと。家に着く直前で、わたしは気づきました。――スマホが、ない。

当時15歳。位置情報アプリで場所を特定したわたしは、翌日、その場所を訪ねました。ドアを開けて出てきたのは、大柄な黒人男性。そこは、フランスに暮らすセネガル人たちのコミュニティ施設でした。

そして、そこで初めて耳にしたのが「ウォロフ語」。アラビア語とフランス語が溶け合ったような、どこから来たのか想像もつかない不思議な響き。なのに、なぜか懐かしくて、心の奥にいつまでも残る、そんなウォロフ語の音が忘れられませんでした。


そんなウォロフ語との出会いを機に、わたしはすっかり言語の魅力に取り憑かれました。その後、45カ国を旅し、これまでに50以上の言語と出会ってきました。

新しい言語に触れ、日本語にはない概念に出会ったときにいつも感じるのは、翻訳できない部分にこそ、その人たちの文化や“当たり前”、そして生き方が表れているということです。

たとえば、ヘブライ語には「מצב כפית(マツァヴ・カフィット)」という言葉があります。意味は“ツボに入りすぎて何を見ても笑ってしまうこと”。また、トンガ語の「Kai Pō(カイ・ポー)」は、“他人に分けたくないためにこっそり食べること”という意味です。わたしはそんな日常の小さな瞬間にまで名前があることに、驚きと愛おしさを感じました。

「外国語」と聞くと、少し距離を感じるかもしれません。でも、世界のことばをひとつひとつ丁寧に見ていくと、わたしたちがうまく言葉にできない感情をぴったり表してくれたり、日々の“あるある”に名前をつけてくれたりするのです。
そして、「翻訳できない言葉」つまり、言語が持つ“非翻訳性”にこそ、世界をもっと豊かにする面白さがあると気づいたのです。

そして帰国後、次第に「現地で出会った言語を学問として深めたい」という思いが強くなり、留学することを決めました。

クラスでたったひとりの「非ネイティブ」

今学期、わたしが履修しているのは、ビスラマ語、マラガシ語、ウォロフ語、シンハラ語、スワヒリ語など。その中でも最も授業数が多いのが、初恋言語でお馴染みの「ウォロフ語」です。

しかし、授業初日に教室に入ると、わたし以外の生徒全員がセネガル出身のウォロフ語ネイティブだったのです。
わたしからすれば「なぜ話せる言語をわざわざ学びに来るのだろう」と思いましたが、後で聞いてみると、彼らも「なぜウォロフ語話者でもないのに来たのだろう」と思っていたそうです(笑)。

実はセネガルでは、学校教育はすべてフランス語で行われています。そのため、日常生活ではウォロフ語を話していても、文字として読む・書くことができない人が多いのです。彼らは母語を文字として学ぶために、その授業を受けていたのでした。

言語の彼方へ、さあ行こう。


これからの記事では、パリでの留学生活や旅のエピソードを通して、さまざまな言語や文化にまつわる物語をお届けしていきます。

次回は、どんな“ことば”と出会えるでしょうか。どうぞお楽しみに。

今日の言語

ウォロフ語
国・地域:セネガル共和国(アフリカ)
話者数:約550万人

ウォロフ語の翻訳できないステキ言葉
sutura(ストゥラ):他人の恥を公にしないこと。人の恥を隠してあげること。
ウォロフ社会では、sutura は人間関係を円滑に保つための基本的な倫理観です。友達が失敗した時も、恥ずかしいことをした時もメンツを守るために、それを隠してあげます。

巴山未麗(Mirei)のプロフィール

東京都出身。フランス・パリの言語大学に留学中の大学4年生。言語がとにかく大好きで、留学先の大学ではウォロフ語を専攻する他、ビスマラ語、マラガシ語、シンハラ語なども学んでいる。

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巴山未麗

2003年生まれ。これまで45以上の国を訪れ、現地家庭でホームステイをしながら調査した言語は50以上。セネガル人向けフランス語学習アプリLEUK STUDYの開発を経て、ビジネスやクリエイティブの視点で少数言語の新しい価値を生み出すことを目指しkotohaを立ち上げる。慶應義塾大学在学中。

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