Fashion&Culture

服が《商品》になる瞬間【KANEIができるまで】

服が《商品》になる瞬間【KANEIができるまで】

展示会の後に始まる、本番の量産

展示会が終わると、そこで終わりではなく、本当の意味での服づくりが始まります。展示会は、言わば“試食”のような時間。お客さまやバイヤーの方々に触れてもらい、見て、試着してもらうためのサンプルは、その場で感じてもらうための存在です。しかし、展示会でオーダーをいただいた瞬間から、その服はひとりで歩きはじめる準備を始めます。サンプルが「見せるための服」であるなら、量産品は「着てもらう服」。世界のどこかで誰かの生活に溶け込み、時間とともに存在する服です。

量産は単純に数を作ることではありません。サンプルのイメージを正確に再現しつつ、耐久性や着心地など、お客さまが実際に体験する部分をすべて確認して形にしていきます。ここでの考え方は、展示会のときのように直感でデザインを判断するのではなく、論理と経験の積み重ねがものを言います。色、形、サイズ、縫製の強度……。それぞれが重なり合い、初めて「価値ある一着」として成立します。

サンプルから現実の服へ

量産のフェーズに入ると、まずサンプルと同じ素材を揃えます。生地はもちろん、ファスナーやボタンなどのパーツまで、細部にこだわります。それは単に見た目を揃えるためではなく、着心地や着用後の体験まで含めて設計されているからです。服は身につけるものであり、日常に溶け込み、生活の中でさまざまな動きや時間を共にします。そのため、サンプルの完成度を量産品に正確に引き継ぐことは、思った以上に神経を使う作業です。

私が量産に取り組むときに意識しているのは、短期的に「かわいい」と思われる服ではなく、長く着続けてもらえる服をつくることです。服は、持ち主とともに歩む旅路のように着るたびに愛着や思い出が蓄積されます。その旅を壊さないためにも、耐久性や縫製の丁寧さ、素材の扱いやすさなど、細かい部分まで注意を払います。また、法律で定められた品質表示を正確に記載することも、服が誰かの生活の中に安心して存在するためには欠かせません。

品質と納品の裏側

KANEIのアイテムは、原則、日本の生産工場に依頼しているため、基本的な品質は高く安定しています。しかし、だからといって油断はできません。サイズや色、素材の細部を間違えれば、それだけでお客さまの体験は損なわれます。納期管理も同じで、展示会や店舗との約束に合わせてスケジュールを組み、工場や資材業者に伝え、時間を調整する必要があります。

洋服はひとりでは作れません。生地や付属品を扱う人、縫製する人、仕上げや検品をする人、納品を運ぶ人…。関わる人が多い分、コミュニケーションが非常に重要です。もちろん、量産途中でトラブルが起こることもありますが、そのときにどう動くかが肝心です。迅速に判断し、調整し、場合によっては工場や担当者と直接やり取りをして修正する。その積み重ねが、安心して着てもらえる服をつくる土台になります。

実務の中に創造を置く

量産や納品管理、品質チェックといった実務的な作業は、どうしても時間的制約が多く、自由な創造の時間を奪います。それでも、私はこの中に必ず創造の余地を置くようにしています。旅先で見た風景や建築、資料や古着から得られる発想、日常の中でふと浮かぶデザインの種……。ムードボードやスケッチに残しながら、次のコレクションの構想を少しずつ積み重ねていきます。

移動中や資料を眺めているとき、頭の中では次の服の構造や色彩の組み合わせを考えています。量産の実務は創造を圧迫するように思えますが、逆に制約があることで生まれる発想もあります。時間や条件の制約の中で、どうすれば美しく、心地よく、長く着てもらえる服をつくれるのか。そこに創造力を注ぐことこそ、私にとっての服づくりの本質です。

実際に、展示会が終わったタイミングで、量産を進めると同時に、次のコレクションに向けてまた準備が始まっています。パターンを作り、服の構造を考え、テーマや方向性を定め、リサーチを行う。創造と実務、この二つを同時に回す感覚もまた、旅をするような感覚があります。目的地ははっきりしているのに、途中で寄り道したり、偶然の出会いがあったりする。それが、服づくりの面白さであり、難しさでもあります。
結局、服をつくるということは、実務の積み重ねの上に創造を置き、さらに人や時間について、そして、つくった服を着た人たちが世界の中でどう生きるかを考えることでもあります。量産や納品管理は地味で大変ですが、それをこなすことで初めて、服は誰かの生活に寄り添い、長く愛される存在になるのです。そして、その服を通して伝えられる感覚や体験こそ、私がデザイナーとして大切にしたいものです。

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Kanei Yamaoka

デザイナー

2002年、岐阜県生まれ。 幼少期から創作活動に没頭し、16歳でアートピースの鯉のぼりブランドを立ち上げる。京都の染色職人とともにものづくりを行った経験から、生地や染めに興味を持ったことからファッションの道を志す。 文化服装学院に進学し、在学中はコレクションブランドでのインターンを経験。その間に、手掛けた鯉のぼりのアートピースがGOOD DESIGN NEW HOPE AWARDを受賞し、KITTE丸の内での大規模展示やPaul Smith氏への贈呈を果たす。 2024年に文化服装学院を卒業すると同時に、東京都主催のNext Fashion Designer of Tokyo 特別選抜賞を受賞。2025年秋冬シーズンより、自身のブランド「KANEI」をスタートさせる。

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