
パリの冬は想像以上に厳しい
最近、日本も寒くなってきたと聞きましたが、パリの冬はその比ではありません。まだ12月なのに気温は氷点下。雪まで降る日もあって、雨もしょっちゅう。
12月初旬は、ちょうど1回目のテスト期間を終えたばかりで、疲れと悪天候が重なり、すこし気分が沈んでいました。そんなとき、突然友人からの電話。
「明後日からタンザニアにいるんだけど、一緒に来る?」
直感的に「行きたい! 」と思ってしまったわたしはその、勢いのままタンザニアに行くことを決めました。
パリからタンザニアへ

ご飯をご馳走してくれた友達、エレネスタちゃん
ヨーロッパからとはいえ、乗り継ぎを含めて10時間以上の移動。到着したころにはすっかり疲れきっていたわたしに、着くなりタンザニアの人たちは次々とご飯をご馳走してくれました。
このとき食べたのは、ピラウという炊き込みご飯のようなものに、トマトソースをかけた料理。タンザニア料理は味にクセがなく、シンプルで美味しいものばかりなので、ついつい食べすぎてしまいます。

タンザニアの子供達と一緒に野球をする様子
今回は、一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構(Japan-Africa Baseball&Softball Foundation)が主催するタンザニア甲子園大会に参加させていただきました。この団体では、アフリカ各地で日本式の野球を伝え、甲子園大会の開催を目指す取り組みを行っています。
「アフリカでサッカーではなく野球?」と、少し意外に思う方もいるかもしれません。けれど、わたしの想像を何十倍も超えるほど、アフリカ野球の盛り上がりは凄まじいものでした。わたし自身、野球とソフトボールを10年ほど続けてきたこともあり、日本から遠く離れたこの地で、これほど多くの人が野球やソフトボールを心から楽しんでいる光景に、強い感動を覚えました。
とは言っても、タンザニアではまだまだマイナーな競技である野球やソフトボールを、なぜ続けているのか。そう聞いてみると、返ってきた答えはとてもシンプルでした。
「めっちゃ好きだから! 」
考える間もなく返ってきたその一言に、思わず笑ってしまうと同時に、胸を打たれました。飾ることのない、まっすぐで純粋な感情に突き動かされ、自分の「好き」を信じて進む道を選んでいる。そんな彼らの姿に、思わず目頭が熱くなりました。
これまで西アフリカを中心に、いくつものアフリカの国を訪れてきましたが、タンザニアの人々は、西アフリカのエネルギッシュさと、東アフリカの落ち着いた空気感、その両方を併せ持つ、魅力的な人が多いと感じました。
アフリカ最大の言語・スワヒリ語
タンザニアの公用語は「英語」と「スワヒリ語」。アフリカではひとつの国で数十〜数百言語が話されることが一般的ですが、その中でもタンザニアはスワヒリ語の広がりが際立っています。
ここ数十年でスワヒリ語は、話者が爆発的に増え、国をまとめる母語が異なる人々が意思疎通を図るための共通語として強い役割を果たすようになりました。14世紀には、アラブの旅行家イブン・バットゥータがすでにこの言語の存在を記録していたスワヒリ語(Swahili)。語源は、アラビア語で「海岸」を意味する sawāhil。東アフリカ沿岸は古くからインド洋交易の中心で、アラブ・ペルシャ・インドの商人たちと! 現地の人々が長く交流してきました。その中で生まれたのがスワヒリ語です。
19世紀、東アフリカの海岸沖のザンジバル諸島を拠点にしていたアラブ商人たちが内陸部へ進出し、さらにヨーロッパ宣教師の布教活動を通してスワヒリ語は東アフリカ全域へ一気に拡大。宣教師たちがスワヒリ語をアルファベットで表記するようになったことで、話し言葉中心だったスワヒリ語に書き言葉文化が根づきました。
そして、スワヒリ語はアフリカ諸語の中でも発音がかなり簡単。日本人にとって馴染みやすく、挨拶程度なら数語覚えるだけで会話が成立します。
今日の言語:スワヒリ語

タンザニアからパリへ戻る飛行機の中。数日間の出来事や出会いが素敵すぎて、胸がぎゅっとしてしまうほど寂しく、「まだ帰りたくない……」とずっと思っていました。そんなとき、ザンジバル島で30年以上バンガローを営む日本人女性の方が教えてくれたスワヒリ語の言葉を思い出しました。
スワヒリ語の 「さようなら」
Kwaheri(クワヘリ)
=さようなら。直訳は「あなたに幸福が訪れますように」
巴山未麗(Mirei)のプロフィール
東京都出身。フランス・パリの言語大学に留学中の大学4年生。言語がとにかく大好きで、留学先の大学ではウォロフ語を専攻する他、ビスマラ語、マラガシ語、シンハラ語なども学んでいる。






