
21歳、東京の郊外でぽけ〜っと暮らす、音楽ナードの渡辺青が日々のDIGりの中で出会ったさまざまな「これ聴いて!」な音楽たちを、新旧問わずに紹介していく企画「渡辺青のこれ聴いて!」
今回紹介するのは、国民的タレント、そしてなんてったってアイドルの小泉今日子が89年に発表した、びっくりするほどダンスミュージックなハウスアルバム『KOIZUMI IN THE HOUSE』。
是非曲を聴きながら読んでみてください。やべーっす。チョーカックイイです。
お茶の間にハウスを
『KOIZUMI IN THE HOUSE』がリリースされたのは89年。宣伝コピーは、「お茶の間にハウスを」。しかし、というか当たり前かもしれないが、当時、タイトル曲『Fade Out』を歌番組やツアーで披露すると、ファンやお客さんの目はテン状態だったそう。それほど、当時は衝撃度の高い音楽であったということだろう。
89年のオリコンチャートを見ていくと、プリンセス・プリンセスの『Diamonds (ダイアモンド)』が1位。アイドルのなかで首位なのがWINKの『冷たい熱帯魚』で、なるほど。これは確かに目がテンになるかも。
そんなわけで、お茶の間にはあまり響かなかったアルバムではあるようだが、当時からクラブヒットした曲であったようで、よくDJの人がかけてくれていたと小泉自身が振り返っている。原稿を書きながらループでアルバムを流しているのだけれど、それにしてもかっこいい。そう、このアルバムは、超かっこいいのだ。
KOIZUMI IN THE HOUSE
プロデュースは小泉今日子本人。そして、楽曲制作の大半を手がけているのは近田春夫。an・anの編集アルバイトからキャリアを始め、日本にパンク、テクノ、ハウス、そしてラップまで。とにかくいち早く海の向こうのムーブメントに気づき、実践した、日本歌謡界の様々な超・先駆者だ。すごい。
彼がプロデュースしていたニューウェーブバンド、ジューシィ・フルーツを気に入っていた小泉からプロデューサー起用の提案が出たという。
1曲目の『Fade Out』から、疾走感のあるサウンドや、印象的なピアノリフから、もろにアシッドハウスから影響を受けていることがわかる。7分28秒という曲の長さも象徴的だ。
そして、全編を通して特徴的なのが、小泉の歌謡歌唱的なボーカル。形式としてはミスマッチなもののはずなのに、なぜかピッタリ合っていて、このアンバランスさが、唯一無二なサウンドを完成させているように思う。近田春夫は日本歌謡の批評家としても高名で、常に昭和歌謡と時代の最先端の音楽をミックスして作り出していた彼の手腕ということなのだろうが、そのバランス感はものすごい。
芸能界の裏側をアイドルが歌うというメタ的な『好奇心7000』、ピアノ使いが心地良すぎる大名曲『マイクロWAVE』、イントロだけ聴いたらとてもアイドルの曲とは思えないサウンドな『集中できない』。ピチカート・ファイブ(当時)の小西康陽による『CDJ』、『男の子はみんな』は、クラブ仕様なピチカート・ファイブという感じで、ちょっとフレンチなのがまた最高にノらせてくれる。『Kyon Kyonはフツー』ではデジタル・ダブまでに手を広げていて、アイドル音楽の懐の広さと冒険心を感じさせてくれる。
カルチャー・アイコンとしての小泉今日子
私たちの世代では、アイドルというよりも俳優としてのイメージが強い彼女、もちろん『学園天国』や、『なんてったってアイドル』は口ずさめるくらい知っているけれど、アイドル・キョンキョンはあんまりピンと来ないし、こんな攻めたアルバムを出していたことにも驚く。
『KOIZUMI IN THE HOUSE』を起点に、『No.17』『afropia』『TRAVEL ROCK』と、これまたアイドルの既定路線からは少し外れたアルバムを94年にかけて発表していて、極めつきには、”KOIZUMIX PRODUCTION”という、クラブミュージックにフォーカスしたリミックス作品のリリースもされている(!)
そのきっかけを作ったのが、『KOIZUMI IN THE HOUSE』で「お茶の間にハウスを」という宣伝コピーを書いたライター、川勝正幸。彼は、スチャダラパーを見つけ出し、渋谷系をフックアップ……などなど、音楽だけでなく90年代のカルチャーシーンを語る上では絶対に外せない人物。彼のコラム集、「ポップ中毒者の手記」は、カルチャーおたくの必読書だ。
89年からはじまったラジオ番組「KOIZUMI IN MOTION」の構成や、当時まだ日本未上陸だったi-Dを模したツアーパンフレット「K-iD」の制作など、川勝正幸による小泉今日子プロデュース、とも言えるようなプロジェクトが始まっていく。
24/7 DANCE WITH コイズミ!
本人曰く、これは”コイズミやんちゃ時代”になるらしく、その頃彼女がよく遊んでいたと懐古する人々を並べてみると、スチャダラパー、ASA-CHANGに東京スカパラダイスオーケストラ、いとうせいこう、高城剛、高木完、藤原ヒロシに岡崎京子、などなど。
90年代のカルチャーシーンを盛り上げた人々ばかりで、ひょえ〜となってしまう。
前述したアルバム群やKOIZUMIX PRODUCTIONは、そんな沢山の出会いから生まれた作品群とも言えるもので、『No.17』は藤原ヒロシ、屋敷豪太、ASA-CHANGがプロデュース、そのアルバムから生まれたクラブ仕様の12インチリミックスがKOIZUMIX PRODUCTIONへと派生していく。
KOIZUMIX PRODUCTIONはオリジナルEPや小泉今日子作品のリミックスが発表されたクラブミュージックプロジェクトで、The Three Degrees の世界的ヒット曲『天使のささやき』のレゲエ調カバーなど、日本のポップスターがリリースするには実験的すぎる最高な作品を多く残している。
その多くに藤原ヒロシが関わっていたり、フリッパーズギターやDUB MASTER Xによるリミックスなど、参加陣の豪華さもエラいことになっている。
私はこのKOIZUMIX PRODUCTIONシリーズがとても好きで、もしこの人生でDJをする日が来たならば、絶対にかけてやろうと日々妄想している。かなりの量があるので、原曲と合わせて掘っていくのも楽しい。
嬉しいことに、小泉今日子の曲のほとんどは、KOIZUMIX PRODUCTIONも含めて現在サブスクで聴き放題だ。24年10月には、高木完、上田ケンジと、シン・コイズミックスプロダクションズとして『恋のブギ・ウギ・トレイン』のカバーを発表。そして、既に各所即完となってしまっているが、ベルリンのレーベルSound Metaphorsから『KOIZUMI IN THE HOUSE』のアナログ再発など、嬉しい話題が。
あなたの知らないキョンキョン。是非掘ってみて!
参考)
ワニブックス『裏小泉』まえがきより
河出書房新社『ポップ中毒者の手記(約10年分)』
音楽ナタリー『渋谷系を掘り下げる Vol.14(最終回) [バックナンバー] 小泉今日子が語る“渋谷系の目利き”川勝正幸 未来へと受け継がれるポップウイルス』
Edit: Himari Amakata