
世の中にあふれる情報から、10代が知っておくべき話題をお届けする「Steenz Breaking News」。今日は、タンザニアのマサイ族が長年抱えている土地問題についてお伝えします。
アフリカで自然と共に暮らすマサイ族
タンザニアとケニアに暮らす遊牧民「マサイ族」をご存じでしょうか。マサイ族といえば、チェックや縞模様の赤色の布で作られた「マサイシュカ」を身にまとった姿や、高くジャンプする踊りが有名です。皆さんもテレビや雑誌などで、一度は目にしたことがあるかもしれません。
マサイ族は、タンザニアだけでも約43万人が生活していると言われています。自然と共に暮らす伝統的な生活に誇りを持ち、大切にしている彼ら。現代では暮らし方の多様化が進んでおり、筆者がタンザニアに滞在した際には、伝統的に放牧をして暮らす人々もいれば、スーツを着て街でビジネスをする人々にも出会いました。
マサイ族の土地が観光開発のために奪われている
そんなマサイ族が近年、タンザニアのセレンゲティ国立公園周辺など、もともと暮らしていた土地を追われる事態に陥っています。理由は、政府や民間企業が、タンザニアを訪れる外国人富裕層向けに観光開発を加速させているからです。
タンザニア政府は、マサイ族にもともと住んでいた土地から出て行ってもらいたい理由として、「自然環境を守るため、保護区で増加したマサイ族の人口を移住させる必要がある」と説明しています。しかし、実際にはその土地は、中東や欧米などから来た超富裕層向けのトロフィーハンティングや観光業に利用されているのが現状です。
トロフィーハンティングとは、野生動物を狩猟し、角や毛皮をトロフィーとして持ち帰るという娯楽の一種。この行為は、動物の権利や先住民族の土地の権利を侵害しているとして社会から批判されています。一方で、トロフィーハンティングは莫大な収益を生むビジネスでもあり、アフリカの多くの国では政府公認のもとで行われているのが実情です。
こうした状況が、マサイ族の土地問題をさらにややこしくさせています。というのも、政府だけでなく、トロフィーハンティングビジネスを手がける外国企業などもマサイ族に対して土地立ち退きを強いていると言われているからです。さらに、マサイ族が自分たちの家を建てることすら許されなかった土地には、外国人観光客向けの高級リゾートが立ち並んでいます。伝統的な生活を続ける彼らにとって、自分たちの土地が商業利用されていく現実は、大きな矛盾と苦痛を伴う問題となっています。
マサイ族の土地問題はいつから始まったのか
そもそもマサイ族が抱えている土地問題の発端は、イギリスによる植民地時代まで遡ります。イギリスが現在のタンザニアやケニアがある地域を開拓する中で、マサイ族の住むエリアと自分たちが暮らすエリアとを隔離することに決めたことから、多くのマサイ族が故郷を離れることとなり、現在の土地問題へと続いていきます。
そうした土地問題は、最近では銃撃戦などに発展することもあります。2022年、タンザニア当局は、マサイ族が代々暮らしてきたンゴロンゴロ地区ロリオンドから1,500平方キロメートル以内の土地に住む約7万人のマサイ族に対し、4度目となる強制立ち退きを命じました。立ち退きに抵抗したマサイ族は、銃撃や逮捕、起訴といった措置を受けており、死傷者や行方不明者も出たといいます。
立ち退き後、マサイ族はそれまで住んでいた土地に立ち入ることができなくなりました。土地への立ち入り禁止は家畜も対象で、もし家畜が誤って区域内に入れば、罰金を課されたり、家畜が競売にかけられたりするケースもあります。実際、2022年7月からの18カ月間で、約4万頭の家畜が押収されたそうです。
土地問題と向き合う、マサイ族出身の弁護士
一方で、問題に立ち向かうマサイ族の弁護士がいます。Joseph Oleshangay氏(以下、ジョセフ氏)はマサイ族の家庭で生まれ、子供時代は牛の世話に明け暮れる典型的なマサイ族の暮らしを営んでいました。そんな中、彼の住むンゴロンゴロ保護区を管理するンゴロンゴロ保護区局(NCAA)がマサイ族に対し、放牧地へのアクセスを制限するようになりました。生業を営めなくなってしまったマサイ族は財産である牛を売り始め、ジョセフ氏の家族や近隣家庭の人たちは次第に貧しくなっていったといいます。
View this post on Instagram
この経験から、マサイ族の権利を守りたいという意識が芽生えたジョセフ氏。大学で法律を学んで弁護士となり、マサイ族の土地問題を含め、社会問題の解決に立ち向かう人権派弁護士として活動しています。ジョセフ氏は、これまでに14件の土地問題を支援してきました。
政府も含め、さまざまな立場の人の利権が絡む土地問題。解決は一筋縄ではいかず、時に関係者から脅迫を受けることもあるといいます。しかし、ジョセフ氏は決して怯むことなく、地域メディアや国際メディアに積極的に出演し、マサイ族の土地問題の存在を広く訴え続けています。
マサイ族の戦士は、土地問題をどう見ている?
マサイ族の土地問題には汚職の影も落ちています。過去の調査では、政府高官が賄賂を受け取っていたことが明らかになり、民間企業と政府の癒着も深刻な問題です。マサイ族から土地を奪って利益を得ようとする企業と、それを黙認する政府の構図が、問題解決をより難しくしています。
筆者の友人であり、タンザニアのマサイ族の戦士に土地問題について聞いてみると、表情を曇らせながらこう語ってくれました。「自分の知人にも強制退去させられた人は多い。有力な解決策はまだ見つかっていないんだ」
東アフリカでのサファリツアーは日本人観光客にも人気です。しかし、私たちが経験するサファリでの素晴らしい体験の背後には、先祖代々受け継いできた土地と文化を捨てざるを得ない民族がいることを忘れないようにしたいものです。
References:
Minority Rights Groups「Maasai in Tanzania」
Amnesty International「Tanzania: Authorities brutally violated Maasai amid forced evictions from ancestral lands」
Amnesty International「Tanzania: A private business complicit in forced evictions of Maasai communities by authorities」
DEFEND DEFENDERS「Human Rights Defender of the month: Joseph Oleshangay」
TANZANIA INVESTMENT CENTRE「TOURISM」
Text:Hao Kanayama