
自分の個性を大切にしたい、自分らしく働きたい――だけど、どうすれば理想の仕事や会社に出会える? 会社で自分のやりたいこと実現するには? 必ずしも大企業で働くことが安泰、とも言い切れない昨今、自分自身のキャリアに悩みを抱える10代・20代も多いのではないでしょうか。
そんな10代・20代のために、開催されたのが「いま求められる“個”の力とは? 〜ポーラ・オルビスホールディングス社長と語る、これからの働き方〜」。発起人は、「Tokyo Work Design Week」という働き方の祭典をはじめ、渋谷スタートアップ大学や法政大学キャリアデザイン学部での講師活動など、これからの働き方を切り拓くプロジェクトに携わり、若い人たちのキャリアを支援する働き方プロデューサーこと、横石 崇さんです。
2月10日に開催された本イベントにはスペシャルゲストとして、ポーラ・オルビスホールディングス代表取締役社長の横手喜一さんをお迎え。ポーラ・オルビスホールディングスでは、社員一人ひとりのために働きやすい環境づくりを先進的に進めています。そんな大企業のトップから直接“個を活かす”組織づくりやキャリアづくりを聞く貴重な時間となったイベントの様子を、エディターMがレポートします。
「やりたいことが特になかった」レコードオタクな大学生が飛び込んだのは、美容の世界
イベントは自己紹介も兼ねて、これまでのキャリアを振り返るお話からスタート。大企業のトップといえば学生時代は体育会に所属していたり、ずば抜けて優秀な成績を収めていたり……。そんなイメージを持たれる人もいるかもしれません。ですが、意外にも横手さんはそうではなかったそう。むしろ「やりたいことが特になかった」学生だったといいます。
ロシア⺠俗学を専攻するも卒論を書かなくていいようなゼミで、ゆる〜い学生時代を過ごしながら、レコード集めにハマり、都内のレコード屋を回りまくる”レコードオタク”な日々を過ごしていたそうです。
そんなどこにでもいそうなカルチャー好き大学生が美容の世界に飛び込んだきっかけは『is(イズ)』という一冊の雑誌でした。これは「化粧・女性・美」をキーワードに化粧史や美人観など、 化粧にまつわる分野を一貫して研究するポーラ文化研究所が発行していた雑誌です。雑誌のデザインや特集内容に惹かれた横手さんは、発行元であるポーラ文化研究所に問い合わせ。当時は携帯電話やインターネットもなかったので、固定電話からコンタクトを取ったそう。すると採用面接の案内をされ、試験を経て、ポーラ化粧品本舗(現ポーラ)へ入社。
入社後は憧れのカルチャー誌の仕事ができる! と思いきや、配属されたのは宣伝部。主な仕事は化粧品の訪問販売関係者に配布される冊子の制作や現場取材など。その後も広告やテレビショッピングの企画、さらにはポーラ中国への出向といった、当初の想定とは思わぬ仕事の連続だったと振り返ります。その後、2016年にポーラ代表取締役社長へ就任。2023年には現職であるポーラ・オルビスホールディングス代表取締役社長という立場から、ポーラやオルビスをはじめ様々な美容やウェルビーイングにまつわる事業を率いています。
ちなみに、ホールディングス制は、市場環境の変化に柔軟に対応し、長期的・効率的な成長を実現するための有力な経営手法とされています。ポーラの場合、「ポーラ・オルビスホールディングス」を持株会社とし、そのもとに株式会社ポーラやオルビス株式会社など、さまざまなグループ会社が存在しています。
創業96年の企業が挑む、個を起点にする働き方のチャレンジ
1929年に創業し、間もなく100年を迎える歴史ある大企業の舵取りを担う横手さんは「創業96年目のいまだからこそ、結果を出さなきゃいけない。変わっていかなきゃいけないという危機感が強くある」と強い想いを口にします。
長い歴史を支え、今後も存続していくうえでは、どうしても目先の利益や資本主義的な思考に偏りがち。しかし横手さんは、そこで働く「個」の存在を大切にする経営を貫きたいと語ります。
続けて横手さんは、「個人の想いや熱意こそが、社会や生活者のニーズをとらえ、旧来の業界常識・組織慣習を変えて、新たな価値を生み出す原動力になる」と強調します。だからこそ、社員やユーザーを“組織的・属性的”な存在ではなく、“社会的・個性的”な存在だと捉え、「生活者」としてお互いが自分や社会とのつながりを見直していくことの重要性を説いてくれました。
また、ポーラが新たに始めたデジタル顧客カルテの一部も披露。そこには「推しのライブはどうだったか」「旅行の準備は進んでいるか」など、一見化粧品とは関係なさそうなユーザーの情報や話題が書き込めるようになっています。化粧品はあくまで生活を豊かにする手段のひとつ。ユーザーを「消費者」ではなく「生活者」として捉え、一人ひとりに寄り添うからこそ、本当に求められていることが見えてくるのでしょう。
さらに、ポーラ社長就任後に真っ先に取り組んだ「さん付け運動」にも注目が集まりました。役職呼びを廃止し、上司・部下を問わずお互いをさん付けで呼ぶというシンプルなルールですが、1,000人超の社員を抱える長い歴史のある企業で実践するのは容易なことではありません。それでも社内では好評を博し、すでに定着しているとのこと。これはまさに“個”を起点とした視点を築くための第一歩と言えそうです。
このような取り組みに留まらず、グループ全体では『A Person-Centered Management』を掲げ、社員一人ひとりが他者に依存しない自分なりの見方や感受性を大切にするためのワークショップや読書ディスカッションも行っているようです。こうやって「感受性のスイッチ」を全開にしながら、新たな価値を生み出す挑戦が加速しているのですね。
新しい働き方を企業も、若者も模索しながら
最後は質疑応答、そして10代・20代とのキャリアトークを交えた懇親会。一つの組織の中で、ユニークな視点とキャリアを築かれてきた横手さんに興味津々。「個を活かしながらも、組織をマネジメントするには?」「やりたいことはどうやって見つけたらいいか?」など、たくさんの質問が寄せられました。多忙なスケジュールにもかかわらず、参加者の高校生や大学生、起業家の一人ひとりの話に最後まで真摯に向き合う姿が印象的でした。
やりたいことが明確に決まっていることは、素晴らしいこと。でも学生のうちにそれが決まっていることは、簡単なことではありません。ポーラ・オルビスホールディングスは2026年卒の学生向けに、新しく「ホールディングス採用」制度を始めるそうです。10代・20代にとって「ホールディングス」で働くイメージを抱くのはなかなか難しいかもしれません。何をするかわからないけど、いろんな経験ができるのはきっと自分の成長にとっては間違いなし! と、より幅広い経験を会社の中で経験しながら、キャリアを考えてみるのもアリかもしれません。
今後もSteenzでは、多様性時代を駆け抜ける10代のためのコンテンツを届けていきます!
登壇者プロフィール

左から横手喜一さん、横石 崇さん
横手 喜一さん
ポーラ・オルビスホールディングス代表取締役社長
1967年9月10日生まれ、 東京都出身、一橋大学卒業。1990年4月ポーラ化粧品本舗(現ポーラ)入社。2006年8月フューチャーラボ 代表取締役社長、2011年7月宝麗(中国)美容有限公司(ポーラ瀋陽) 董事長兼総経理、2015年1月ポーラ 執行役員 商品企画部長、2016年1月同社代表取締役社長、2016年3月ポーラ・オルビスホールディングス取締役、2020年1月同 取締役 海外事業管理室長、2021年1月、POLA ORBIS Travel Retail Limited Director and CEO。2023年1月から現職。
横石 崇さん
&Co. 代表取締役/Tokyo Work Design Weekオーガナイザー
多摩美術大学卒。2016年に&Co.を設立。ブランド開発や組織開発、社会変革を手がけるプロジェクトプロデューサー。アジア最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」では3万人の動員に成功。鎌倉のコレクティブオフィス「北条SANCI」や渋谷区発の起業家育成機関「渋谷スタートアップ大学(SSU)」、シェア型書店「渋谷◯◯書店」などをプロデュース。法政大学キャリアデザイン学部非常勤講師。著書に『これからの僕らの働き方』(早川書房)、『自己紹介2.0』(KADOKAWA)がある。
Photo・Text:Ayuka Moriya